被害者にやさしくできない

学生の頃からの友達がいる。

そいつはモテるくせに男運が悪いことで評判だった。

ほぼDVみたいな男や、無意識に搾取する男、不倫、色々だ。

尽くしすぎる性格のせいだと彼女は笑うが、その根本は生まれ育った家庭にあるらしい。

彼女の家庭はお世辞にも健全とは呼べず、常に親の顔色を窺って生きてきたという。

だから、わたしはまともな恋愛ができない。大事にされない恋ばかりを選んでしまうのだという。

10代や20代そこらの頃は、その気持ちがよくわかった。

わたしもあまり家族関係がよかったわけではないから、自己肯定感が低かったり、自己否定的だったりもした。

それが特別いま変わったかといわれればそういうわけではないと思う。

ただ、人生は自分のものなのだ。

親に暴力を振るわれようと、幼少時代が不健全だろうと、その後生きていくのは自分自身だ。

ごめんだけど正直もうわかんない。色々なエッセイや漫画でよく虐待をうけていた過去を語るものがある。それもたくさん読んだし、実際の人の話もきいた。

けど、わからなくなってしまった。

過去がどうであれ、これから生きていく自分の人生を磨いていくのは自分しかいない(いまだに粘着されていたり搾取されている場合は違うかもしれない)

彼女の場合は、家をもうとっくの昔に出ているし、時々実家から自分勝手な要請が来て、それにしぶしぶ対応をするくらいの関係性だと聞いている。

子供の頃の家庭が不健全だからといって、自分がつらい恋にばかりはまる必要はないし、その恋がつらいものだとわかっているならば、抜けだすのがつらくて、いくら好きでも自分の幸せのために引き返すことが必要だとおもう。

しあわせになれなくてもその人と一緒にいたい、というのならわかる。

けれどしあわせになれない人と一緒にいてしあわせになりたいと願うのは傲慢だし、そんなことにきっと家庭環境は関係ない。

しあわせそうに彼氏とわらってるあの子も、結婚が決まったと嬉しそうに報告するあの子も、自分を大事にしれくれない男からはきっと早々に身を引いている。

防衛本能が壊れていると彼女はわらった。

けれど、とっくに防衛本能はいけない恋だということに気付いているのに、離れられないのは彼女の恋心だ。

しあわせになりたいのなら、一時のつらい気持ちは甘んじて受け入れなければいけない。

それを乗り越えてでしか、つらい恋の呪縛からは抜け出せないし、自分の人生はすべて自分の選択でできているのだ。