自分からは逃れられないのだ
昔から本を読むのが好きで、ある程度本を読むのが好きだったら、同じように書きたいと思うのは当たり前の衝動じゃないかなと思う。
文章を書くには絵などと違って特別な力や練習は必要ないし、ペンが持てて文字が書けるか、パソコンでキーボードが打てればできる。
勉強も運動も美術も工作も苦手だったわたしに達成経験と呼べるものがあるとすれば、中学1年生の時、約一万文字ほどの小説を書き上げた時だったかと思う。
文章を見て貰えればわかるかもしれないが、わたしは基本的学力が低い。
勉強をまともにしたことはあまりないし、興味のあることにしかできない典型的な発達障害だとその研究している教授に言われたこともある。
授業中やバイト中も空想にふけるのが好きで、それを文章にするのは心地良かった。
きっかけは小学生の頃の授業で、国語の授業で小説を書こうという課題だったと思う。それが忘れられないくらい楽しくて、夢中で書いた。書きたい内容がなくなることはなかったし、それからもぼつぼつと小説を書き、夜遊びを覚えた高校時代も欠かさず、また大学に入って少しの頃まで書き続けていた。
大学に入ってからというものの、夢のキャンパスライフで遊び回っていたし、本を読むことも減った。
そもそも大学の授業も興味のある分野ばかりで、授業に集中できずに空想にふけることも減った気がする。
それでも、今もこうしてわざわざブログを立ち上げて、ほぼ平日毎日更新(3か月坊主)なんて言って文章を書き続けている。
ほぼ平日毎日更新ができなくなったとしても、思い出したかのように文章を書く。
自分の見た目や夢や性格が一見変わったように見えても、好きなものや積み重ねたことはそうそう簡単に変わることはないのだと実感させられた。